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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)10号 判決

原告 小谷孝保

右訴訟代理人弁理士 浅賀一夫

同 浅賀一樹

被告 特許庁長官 島田春樹

右指定代理人通商産業技官 斉藤洋伸

〈ほか二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五五年一一月一七日、同庁昭和五二年審判第一五四二九号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四六年一二月一五日、名称を「弾性舗装材製造方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和四六年特許願第一〇〇九九五号)をし、昭和五一年八月二四日出願公告(特公昭五一―二九一八一号)されたところ、昭和五一年一〇月二二日武田薬品工業株式会社より特許異議の申立があり、昭和五二年八月三〇日拒絶査定を受けた。

そこで、原告は、昭和五二年一一月二六日審判を請求し、昭和五二年審判第一五四二九号事件として審理された結果、昭和五五年一一月一七日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一二月一〇日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

重量比でポリウレタンよりなる主剤1に対して、顔料と硬化剤よりなる主剤の同重量の補助剤と古タイヤを破砕した小片0.6~1.0とを混合したものを加え、これに軟度調整剤0.1を加えて攪拌混合することを特徴とする弾性舗装材製造方法。

3  審決の理由の要旨

(一) 本願発明の要旨は、前項のとおりのものである。

(二) これに対し、原査定の拒絶理由となった特許異議申立人武田薬品工業株式会社の特許異議の申立に対する特許異議の決定の理由の概要は、次のとおりである。

(1) 特公昭四四―二二九一四号特許公報(以下、「第一引用例」という。)には、ポリウレタン、ゴム状充てん剤等を本願発明と同一量配合した弾性舗装材料が記載されており、また、フランス特許第一、五八三、八九五号明細書(以下、「第二引用例」という。)には、弾性舗装材料として、ポリウレタンにゴム状充てん材としてタイヤ屑、古タイヤ小片を添加したものが記載されている。そして、第一引用例記載の弾性舗装材料において、ゴム状充てん材として、第二引用例に記載された古タイヤ小片を使用することは、当業者の容易に想到しうることであると認められるので、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたものである。

(2) 検討するに、本願発明において「古タイヤを破砕した小片」といった場合、該小片が「古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当てて古タイヤの表面を破り削り取ることにより作られたもの」に限定されるものとは認めることができない。

審判請求人(原告)が提示した昭和四七年一月二四日株式会社三省堂発行、金田一京助外四名編、「新明解国語辞典」第八九一頁によれば、「破砕」とは「堅い物を粉ごなに砕くこと」であると記載されている。すなわち、「古タイヤを破砕した小片」といった場合、それは、同様提示にかかる特公昭二九―二二九八号特許公報、特公昭四一―一三六一六号特許公報に示されているような、従来から慣用されている古タイヤの粉砕により作られたものも包含する概念であると認められる。

ところで、第一引用例には、弾性舗装材を構成するゴム状骨材成分として、本願発明で使用する古タイヤを破砕した小片が記載されておらず、その点で両者は相違するものと認められるが、弾性舗装材を構成するゴム状骨材成分として、古タイヤ粉末ないし細粒を用いることは、第二引用例において既に知られており、該粉末ないし粒子が通常古タイヤの粉砕により作られることは、当業者の熟知するところである(「古タイヤを破砕した小片」というだけの規定では、本願発明もそのような粉末ないし細粒の使用を含んでいることは前記したとおりである。)から、第一引用例の弾性舗装材に関する技術において、ゴム状骨材として古タイヤを粉砕した粉末ないし細粒を用いることは、当業者の容易に想到しうる程度のことである。したがって、本願発明は第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした原査定の判断は妥当である。

4  審決を取消すべき事由

第一引用例及び第二引用例に、それぞれ審決認定のとおりの記載のあることは争わない(ただし、第二引用例の記載について、審決が「古タイヤ小片」としている部分は、「古タイヤ細粒」とすべきである。)。

本願発明は、「破砕」された古タイヤの小片(「粉砕」された小片ではない。)を使用することによって、次のとおりの顕著な作用効果を奏するものであるのに、審決は、「破砕」と「粉砕」との用語の違いを看過したことによって、本願発明の技術的内容を誤って理解したため、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであるから、違法として取消されるべきである。

(一) 本願発明における「古タイヤの破砕した小片」の意義とこれを用いることによる効果

(1) そもそも、本願発明の出願当時、古タイヤ利用のために慣用された処理方法としては、次の方法が知られていた。

(a) 特公昭二九―二二九八号特許公報あるいは特公昭四一―一三六一六号特許公報に記載されているように、古タイヤをいったん切断して適宜の大きさにしたものを粉砕機にかけて粉砕する方法(以下、この方法により得られたものを「古タイヤの粉末・粒子」という。)。

(b) 古タイヤを丸ごと回転させながら剣山型の爪先に押し当てて破り削り取る方法(以下、この方法により得られたものを「古タイヤの小片」という。)。

そこで、両方法によって作られたものの形状を調べてみると、(a)の方法により作られた古タイヤの粉末・粒子の形状は、《証拠省略》の添附写真に示されているように、その表面が平滑であるのに対し、(b)の方法により作られた古タイヤの小片は、同号証の二の(ハ)(ニ)に示されているように、その大小にかかわらず、その表面に多数のクラックを有していて、海綿状となっているのである。

そして、前記(a)(b)の二方法により作られた古タイヤの粉末・粒子あるいは小片にポリウレタン樹脂を混合したものを比較すると、(a)の方法により作られた古タイヤの粉末・粒子の場合は、その表面が平滑であるために周囲に気泡ができないのに対して、(b)の方法により作られた古タイヤの小片の場合は、その表面のクラックの底部にポリウレタン樹脂によって空気が密封されて小片の周囲に気泡ができる差異がある。

(2) しかして、本願発明においては、その特許公報の第二欄八行、九行の「そのうえゴム小片の周囲にできた気泡は外部に抜けないで」との記載から、本願発明に使用するゴム小片の周囲には気泡ができていることが明らかであり、このゴム小片とは、前記(a)のような「粉砕」という方法によって作られたものではなく、それ以外の方法を採用したものであることが容易に理解される。

そして、本願発明は、ポリウレタン樹脂と混合した場合にその周囲に気泡が形成されるようなゴム小片を製造するために、幼児が爪で障子紙を引掻き破るように、古タイヤの表面を剣山型の爪先で削り取る方法を、「粉砕」とは区別する意味で、「破砕」という用語を使用したものである。

「破砕」と「粉砕」の両語句を全く異なった工程において、異なった手段として区別した例は、たとえば、セメント製造工程において、鉱山の立坑に投入した石灰石を二系統の坑内に設けた一次破砕設備と坑外の二次破砕設備とで工場原料に適した程度までにすることを「破砕」といい、原料部及び焼成仕上部において粉砕機で行なう操作に対して「粉砕」という言葉を使い分けていることは、日本セメント株式会社発行のパンフレット「香春工場案内」に徴して明白である。

したがって、古タイヤの利用に関して、古タイヤの「破砕」と「粉砕」とを全く異なる操作を意味するものとして使い分けることは、決して奇とするに足りない。

さらに、粉砕したゴム粉末・粒子とポリウレタン樹脂を混合したものは、粉末・粒子の表面が平滑であるために、ポリウレタンとの結合が悪く、周囲に気泡ができないから、材料固有の弾性度以上には弾力が出ない。

一方、古ゴムの破砕小片とポリウレタン樹脂を混合したものは、前記写真に示されるように、表面にクラックを有する海綿状をなしていて、同質のポリウレタン樹脂に包まれて海綿状の先端の薄い部分が融けて両材料が強固に結合してゴムの弾性が高度に活かされ、また、表面のクラック内の空気がポリウレタン樹脂に包まれ、クラックの底部に密封されて気泡となり、外部に抜けないので、弾性度が著しく増加するうえ、材料の分量に対して気泡分だけ厚くなって塗り厚が増大されるので、少量の材料でも下地の凹凸の影響を受けず、舗装面を平坦にすることが容易である。このようなことは、古タイヤの破砕小片を使用してはじめて達成されることである。

以上述べたとおり、「古タイヤを破砕した小片」とは、「古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取ることにより作られたもの」と理解すべきであるのに、審決は、「破砕」と「粉砕」との違いを看過したため、「古タイヤを破砕した小片」というだけの規定では、本願発明において用いられるゴム小片が、原告のいうものに限定されず、古タイヤの粉末ないし細粒をも含むとしたものであり、明らかに誤りである。

この誤った前提に立って、本願発明の構成を誤認し、かつ、本願発明の奏する作用効果を看過し、本願発明を第一引用例及び第二引用例から当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決は違法であり、取消しを免れない。

二  被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の取消事由についての主張は、争う。

以下に述べるとおり、審決の認定判断は、正当であって、審決にはこれを取消すべき違法の点はない。

原告は、本願発明において使用する古タイヤの小片は、「古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取ることにより作られたもの」であり、これを、粉砕機で粉砕して作った「古タイヤの粉末ないし粒子」と区別し、本願発明の特許請求の範囲において「古タイヤを破砕した小片」と記載したものである旨主張するが、この点の原告の主張は、次のとおり失当である。

(本願発明における「破砕」の意味について)

本願発明の明細書には、「破砕」についてなんの定義もされていないので、その明細書の記載をみるかぎり、本願発明における「破砕」の意味は、通常の破砕を意味するものと解するのほかはない。

本願発明の出願当時、古タイヤの利用のために慣用された処理方法として、古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取る方法が知られていたという事実については、被告は知らない。

かえって、甲第五号証の二(特公昭二九―二二九八号特許公報)や同号証の三(特公昭四一―一三六一六号特許公報)に記載されているような古タイヤの屑ゴム片をロール等の摩擦力によって粉砕するという従来の方法を、「破砕」ともいい、本願発明の出願日前からよく知られていたことは、乙第一号証(実公昭三三―八七八九号実用新案公報)、特にその左欄下から一五行ないし一一行の記載から明らかである。

甲第五号証の二及び三に記載されているように、古タイヤをいったん切断して適宜の大きさにしたものをロール等の粉砕機にかけて粉砕する従来の方法により作られた古タイヤの粉末・粒子の場合、ロール等の摩擦力によって押しつぶされて粉砕されるのであるから、該粉末・粒子の表面は当然平滑ではなく、多数のクラックを有しているものである。そして、その表面が平滑でなく、クラックを有していることから、古タイヤの粉末・粒子の周囲に気泡ができることは明らかである。

このことからみると、原告が指摘するごとく、本願発明の明細書に「そのうえゴム小片の周囲にできた気泡は外部に抜けないで」という記載があるからといって、本願発明において使用されるゴム小片は、前記従来の粉砕方法によってつくられたものではないということにはならない。

したがって、本願発明の「古タイヤを破砕した小片」を「古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取ることにより作られたゴムの小片」に限定して解することはできず、従来の粉砕方法によるものと区別することはできない。

このように本願発明における古タイヤの破砕小片の意味内容は、古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取ることにより作られたものに限られず、従来の方法である古タイヤの粉砕により作られたものも含まれ、かつ、原告が主張するゴム小片の周囲にできた気泡は外部に抜けない等の効果は、従来の方法である古タイヤの粉砕により作られたものを用いる場合にも奏せられるものであるから、この点の効果をもって本願発明特有の効果であるとする原告の主張も当らない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

1  原告は、本願発明の弾性舗装材製造方法で用いられる古タイヤの小片が「古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取る方法(原告のいう(b)の方法)によって作られたゴムの小片」である旨主張するので、本願発明における古タイヤを破砕した小片を原告が主張するように限定的に解することができるかどうかについて検討する。

当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は、それぞれ特定の割合で、ポリウレタンよりなる主剤に補助剤(顔料・硬化剤)と「古タイヤを破砕した小片」とを混合したものを加え、これに軟度調整剤を加えて攪拌混合することを特徴とする弾性舗装材製造方法であることが明らかであるが、成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)によれば、本願発明で充てん材として用いられる「古タイヤの小片」については、特許請求の範囲に「古タイヤを破砕した小片」と記載されているだけであり、その小片の製造方法形状大きさなどについての記述は、その明細書全体を通してみても、これを見い出すことができず、かえって、原告の主張とは逆に、本願発明の実施例の説明個所には、「古タイヤゴム粉一二kg……上記の混合比で、主剤に補助剤と古タイヤゴム粉とを混合し……」(第一欄三三行ないし第二欄一行)との記載があり、そこでは、充てん材が「古タイヤゴム粉」と表現されていることからみても、本願発明で用いる「古タイヤを破砕した小片」には前記の「古タイヤゴム粉」(粉末)も含まれることを否定することはできないものと認められる。

しかも、「破砕」なる用語からは、通常「堅い物を粉ごなに砕くこと」が理解される程度であり、さらに、本願発明のごとき古タイヤの再利用の技術分野において、当業者が、古タイヤからゴムの小片を作る方法として、「破砕」と「粉砕」とを原告主張のような処理手段として厳密に区別して認識していたことを認めうる証拠はない(《証拠省略》によっても、右の区別が当業者間で一般に認識されていたことを認めることはできない。)。かえって、成立に争いのない乙第一号証(実公昭三三―八七八九号実用新案公報)によれば、名称を「繊維を混入せる屑ゴム粉砕用ロール」とする考案の実用新案の説明欄には「従来繊維を混入する屑ゴムの粉砕は、二個の円筒状廻転ロールの間隙中に屑ゴムを導入し、そのロールの強力なる摩擦力によって、これが屑ゴムを破砕する方法に依拠したのであるが、この在来の屑ゴム粉砕方法は……」(右欄下から一五行ないし一一行)と記載されているように、古タイヤからゴムの小片を製造する技術分野においても、「破砕」と「粉砕」なる用語が、必ずしも原告が主張するように処理方法を区別する意味の語として用いられていないことが窺われる。

この点に関し、原告は、日本セメント株式会社の香春工場案内パンフレットを提出して「破砕」と「粉砕」との用語が区別して用いられている例がある旨主張するが、右パンフレットは、石灰石からセメントが製造される工程を説明したものであり、本願発明とはその技術分野を異にするばかりでなく、同パンフレットにおける「破砕」なる語が、原告が主張するような処理方法によって小片化することを指しているものとも考えられない。

また、原告は、本願発明における古タイヤを破砕した小片が、原告主張のような処理方法((b)の方法)で作られたゴムの小片に限定して理解すべき根拠として、その明細書に「そのうえゴム小片の周囲にできた気泡は外部に抜けないで」との記載があることを指摘するが、《証拠省略》をもってしても、気泡の有無によって画一的に充てん材としてのゴム小片自体の製造方法を限定することになるものとは認められず、かつ、前叙のとおり古ゴムを再生利用するためにゴムを小片化する手段として、原告が主張するように「破砕」と「粉砕」とが区別されて認識されていたとは認められないことに徴すると、当業者が、本願発明の明細書をみた場合に、本願発明における充てん材としての「古タイヤを破砕した小片」を、原告の主張するように「古タイヤを回転させながら、その周囲に剣山型の爪先を押し当ててその表面を破り削り取ることによって作られたゴムの小片」を指すものと通常限定して理解するとは考えられないから、本願発明の特許請求の範囲にいう「古タイヤを破砕した小片」には、原告が主張する方法によるもののみに限られず、それ以外の方法によって作られるゴムの小片、たとえば、成立に争いのない甲第五号証の二(特公昭二九―二二九八号特許公報)及び同号証の三(特公昭四一―一三六一六号特許公報)にみられる従来の処理方法によって作られる古タイヤの粉末ないし細粒も、含まれるものというべきである。

そうすると、本願発明における充てん材が原告の主張する(b)の方法によって作られたゴムの小片に限定されるものとは認められないとした審決の認定には、誤りはなく、審決が「破砕」と「粉砕」との用語の違いを看過したとする原告の主張は理由がない。

2  そして、第一引用例には、「ポリウレタン、ゴム状充てん材等を本願発明と同一量配合した弾性舗装材料」が、また、第二引用例には、「ポリウレタンにゴム充てん材としてタイヤ屑や古タイヤの粉末ないし細粒を添加した弾性舗装材料」がそれぞれ記載されていることは当事者間に争いがないところであるから、第一引用例の弾性舗装材料に関する技術において、ゴム充てん材として第二引用例に示されたような古タイヤの粉末ないし細粒を採択使用することは当業者の容易に想到しうることとみるのが相当である。

したがって、右と同旨の審決の判断は正当であり、審決には、何ら違法の点はない。

三  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 舟本信光 舟橋定之)

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